嵐のような一日の翌朝、テッドは目が覚めるなり母の様子をうかがうと、未だ穏やかな寝息を立てていた。
机の上には、薬草を煎じた薬で満たされた椀がのっている。 昨日のことは夢ではなかった。 と、テッドはあることを思い出した。 他でもない、あの人相描きである。 はたしてあの人が村人の目についたら、大変なことになるだろう。 テッドはおぼつかない足取りで客人がいるはずの納屋へと急いだ。 息を整えてから閉ざされた扉を叩き、返事を待つのももどかしく力任せに押し開いた。「シエルさ……ま?」 薄暗い室内に、シエルの姿はない。 昨日テッドが作った藁の寝台の上には、真っ黒な猫が転がっている。 膨れた鞄は置きっぱなしになっているので、出発してしまったわけではなさそうだ。 安堵の息をついてから、テッドは考えをめぐらす。「まさか……」 思わず声を上げるテッド。 それに答えるかのように、毛糸玉の耳がぴくりと動いた。 黒い毛糸玉は背を丸め大きく伸びてからあくびをし、金色に光る瞳でちらとテッドを見てから、何事もなかったかのように毛繕いを始めた。「お前、そんなことしてる場合じゃないだろ? ご主人がいなくなったんだぞ」 やれやれとため息をついてから、テッドはくるりと回れ右をして納屋を走り出た。 ※ 道の両脇には茶褐色の大地が広がっている。 わずかに秋蒔きの麦が風に揺れているのだが、いずれもひょろひょろとして力無く、このままでは大した収穫は期待できそうもない。 その弱々しい緑の中に、目指す人はいた。 思わずテッドは思わず安堵の息をつく。「シエル様……こんな所で何をしてるんですか? 誰かに見つかったら……」 そこまで言ってしまってから、テッドはあわてて口をつぐむ。長引く戦乱ですっかり荒れ果てた旧巡礼街道は、聖地に向かい真っ直ぐに延びている。 長引く戦で行き交う人々の姿は皆無に等しいその道を、薄汚れ毛羽立ったたマントをすっぽりと被った男がただ一人、黒猫を従えて歩いていた。 不意に一陣の風が灰色の砂埃を巻き上げる。 男は不意に足を止めると、振り向くことなくこう言った。 「行きずりの不良神官一人を相手に、ずいぶんとご大層じゃないか」 言葉が終わると同時に、男の背後に黒い影が現れる。一つ、二つ……全部で四つ。 それらは音もなく走り寄ると、前後左右から彼を取り囲んだ。 手には各々、鎌や短刀を持っている。騎士が持つような剣ではないところをみると、真っ当な武人ではなく雇われた暗殺者といった類の人間だろう。 「あいにく急ぐ旅だ。こんな所で遊んでいる暇はない」 けれど、暗殺者達はその願いを聞いてくれそうもなかった。 各々手にした武器を構えながら、じりじりと彼との間合いをつめてくる。 やれやれと苦笑を浮かべながら、彼は腰を落とし身構えた。 が、大きな荷物をおろす様子も武器を手にする気配もない。 暗殺者の一人が、低い声で告げる。 「何をしている。早く武器を取れ」 その言葉に彼は斜に構えた笑みで応じる。 「旧道とは言え、ここは聖地に連なる巡礼街道だ。血で汚す訳にはいかない。それに……」 取り巻く暗殺者達をぐるりと見回してから、彼は嫌味を込めた口調で更に続けた。 「多少のハンデがなければ、不公平だろ?」 その一言が合図となった。 四人はほぼ同時に彼に向かって飛びかかる。 奇声と同時に彼に迫る刃。 彼が上半身を沈めると、セピアの髪が数本断ち切られ宙に舞った。 空気をはらみ大きく翻ったマントが白刃を阻む盾となり、暗殺者達は彼の身をかすめることすらできない。 薄笑いを浮かべたまま、彼は舞うような足取りで自らに振り下ろされる武器をよけ続ける。 が、らちが開かないと判断したのか、彼は藍色の瞳をすいと細めた。 「悪いが、これ以上遊んでいる暇はない」 逆なでするような言葉に、四人の顔は等しく紅に染まる。 怒りが辛うじて保たれていた統率を乱した。一人が雄叫びと共に突進してくる。 ちらと視線を向けると、彼は突き出された腕をやり過ごし、その手首に手刀を叩き込んだ。
視界の先に見えてきた小さな家の煙突からは、白い煙が立ち上っている。 何事かとテッドは固い表情を浮かべ扉を押し開く。 が、すぐにそれは安堵の笑みに変わった。「母さん! 起きて大丈夫なの? もう少し寝てたほうが……」「お客様を放り出してそうもいかないでしょう?」 そう言う女性は顔色も良く、もうすっかり回復しているように見える。 喜びを隠そうともせずに、テッドはかたわらに立つシエルに深々と頭を下げた。「ありがとうございます! なんてお礼をしたらいいか……」「俺は何もしちゃいない。お母上の治ろうとする意志の力さ」 素っ気なく言ってから、シエルはテッドの母に向き直る。「無断で押しかけた上、食事に宿まで提供していただき感謝します。この上は……」「人は一人では生きていけないものですよ。たとえどんなに知恵を身に付けたとしても。この子も今回の件で、良くわかったと思いますよ」 微笑む女性に、テッドはばつが悪そうに頭をかく。 あの時あの森でシエルに出会わなければ、毒草を母に飲ませていたかもしれなかったのだから。 一方のシエルも、どこか照れくさそうに視線を泳がせた。 そんな二人の様子を前に女性はさらに笑うと、朝食の準備はできていますよ、と言いながら机に皿を並べ始める。 テッドは弾かれるようにそれを手伝い始め、残されたシエルは所在無げに戸口に立ち尽くしていたが、足元に異変を感じ視線を落とした。 すると、いつの間にか毛糸玉が転がっている。「お前は本当に現金だな。食い終わったらすぐそっぽを向くくせに」 その言葉の意味を理解しているかのように、毛糸玉は一声にゃあと鳴いた。 憮然として毛糸玉を見下ろすシエル。そうこうするうちに、朝食の支度はすっかり整っていた。 どうぞこちらへと言うテッドに、シエルは小皿を一枚持ってきてくれるよう所望
嵐のような一日の翌朝、テッドは目が覚めるなり母の様子をうかがうと、未だ穏やかな寝息を立てていた。 机の上には、薬草を煎じた薬で満たされた椀がのっている。 昨日のことは夢ではなかった。 と、テッドはあることを思い出した。 他でもない、あの人相描きである。 はたしてあの人が村人の目についたら、大変なことになるだろう。 テッドはおぼつかない足取りで客人がいるはずの納屋へと急いだ。 息を整えてから閉ざされた扉を叩き、返事を待つのももどかしく力任せに押し開いた。「シエルさ……ま?」 薄暗い室内に、シエルの姿はない。 昨日テッドが作った藁の寝台の上には、真っ黒な猫が転がっている。 膨れた鞄は置きっぱなしになっているので、出発してしまったわけではなさそうだ。 安堵の息をついてから、テッドは考えをめぐらす。「まさか……」 思わず声を上げるテッド。 それに答えるかのように、毛糸玉の耳がぴくりと動いた。 黒い毛糸玉は背を丸め大きく伸びてからあくびをし、金色に光る瞳でちらとテッドを見てから、何事もなかったかのように毛繕いを始めた。「お前、そんなことしてる場合じゃないだろ? ご主人がいなくなったんだぞ」 やれやれとため息をついてから、テッドはくるりと回れ右をして納屋を走り出た。 ※ 道の両脇には茶褐色の大地が広がっている。 わずかに秋蒔きの麦が風に揺れているのだが、いずれもひょろひょろとして力無く、このままでは大した収穫は期待できそうもない。 その弱々しい緑の中に、目指す人はいた。 思わずテッドは思わず安堵の息をつく。「シエル様……こんな所で何をしてるんですか? 誰かに見つかったら……」 そこまで言ってしまってから、テッドはあわてて口をつぐむ。
納屋にうずたかく積まれている藁に、テッドは所々穴の開いた布を被せようとしていた。 恩人の使う寝台を即席で作るためである。 なかなかうまくできないでいら立つ彼を見るなり、シエルは苦笑を浮かべた。「そんなに気を使うなよ。第一俺は勝手に押しかけて、お節介をしてるだけだし」「そうはいきません。シエル様は僕らの恩人ですから! シエル様がどうでもよくても、僕らはよくありません」 言いながらテッドは藁山と格闘を続ける。 やれやれと吐息をもらすと、シエルはすっかり埃をかぶった踏み台に腰を下ろし、転がっていた毛糸玉を抱き上げる。 必死に抵抗するその背をなでながら、シエルは何とはなしに口を開いた。「ところで、作物の出来はそんなに悪いのか?」 テッドの手がふと止まった。 ようやくシエルの手から逃れた毛糸玉は、一目散にその足元へと走る。 が、テッドは力なくうつむき、悲しげにこう言った。「たぶん、土が駄目になっているんだと思うんです。光も水も充分なはずなのに、ひょろひょろの茎しか生えてこなくて……」 せめて森の枯れ葉がもらえれば。 そう言って目を伏せるテッド。 手持ち無沙汰になったシエルは足を組み、膝の上に頬杖をついた。「……何だ。さっきの薬草といい、ずいぶん勉強してるんだな」 驚いたように言うシエルに、テッドは勢い良く首を左右に振る。「そんな……そんなことありません! 長老から少し聞いただけで、到底シエル様には及びません!」「俺は見ての通り落ちこぼれさ。この年で導士になれないのを見れば解るだろ?」 苦笑いを浮かべるシエルに、だがテッドは更に食い下がった。「そんな……。シエル様は母さんを助けてくれました。お城から出てこない神官に比べたら、ずっと…&hellip
テッドは枯れ枝を大切そうに暖炉にくべながら、毛布にくるまり青い顔をして震える母の姿を見つめていた。 彼の足元では真っ黒な猫が、呼び名そのままの毛糸玉のように丸まっている。 火がはぜると同時に、彼は弾かれたように立ち上がった。 その視線の先に深皿と木の椀を手にしたシエルがいた。 息を飲んで見つめるテッドの前で、シエル持ってきた深皿にデマムの粉を入れ水を注ぎ、匙(さじ)で丁寧に液体をかき回す。 みるみる暗褐色に変化した液体は、どう見てもおいしそうとは言えない。 思わず顔をしかめるテッドに、シエルはわずかに笑った。 「薬なんだから、多少は苦いさ。……俺がもっと真面目に修練していれば、癒やしの言葉ですぐに治すこともできるんだろうけど」 言いながらシエルは液体を木椀の中に注ぐ。 流れてきた青臭さに、テッドは吐き気を覚えて思わず口元をおさえた。 「すみません……あの……」 「生暖かくならないうちに。ぬるくなると、もっと不味くなる」 わかりました、とテッドは受け取る。 恐縮する母の背を支え、テッドはどろどろの液体を飲ませながら謎の神官に問うた。 「神官様は不真面目なんですか?」 一瞬、暖炉をかき回していたシエルの手が止まる。 怒鳴られる。 テッドは首をすくめたが、意外にも室内に響いたのは低い笑い声だった。 「神官様?」 「シエルで構わない。自分で言うのも何だけど、落ちこぼれの不良神官だからな」 「落ちこぼれ、ですか?」 その時、テッドの口を白く細い手がふさいだ。 他でもない、テッドの母である。 唇の色は未だに青いが、頬には心なしか血の気が戻っているようだった。 「失礼なことを言ってはいけません。先を急ぐ旅の途中に、わざわざ足を運んでくださったのだから……」 そして女性はテッドと同じ薄い水色の瞳を伏せ、頭を垂れる。 緩やかに波打つ柔らかな金髪が、光を振りま
凍てついた風に頬を赤く染めながら、少年は細心の注意を払いながら森の中を歩いていた。くすんだくせ毛の金髪は、風に吹かれるたびにふわふわと揺れている。昼だというのに薄暗い森の中は、少年にとって恐怖の対象でしかなかった。特に曲がりくねった木の枝は、まるで罪人が落とされるという地の底から伸びてきて、こちらに来いとでも言うように手招きをしているようにしか見えない。けれど、少年にはどうしてもこの森で手に入れなければならない物があるのだ。例え彼の命に代えてでも。しかしその固い決意に反して、彼の体は小刻みに震えていた。足を止めては駄目だ。森に住む魔に喰われる。いや、それ以前に……。恐怖に押しつぶされそうになりながら、大木の幹に寄りかかり、少年は大きい息をつく。かじかんだ手に白い息を吹きかけ、再び足を踏み出そうとする、その時だった。「こんなところで何をしてる? 早く戻らないと死ぬぞ」突然聞こえてきた耳慣れぬ男の声に少年は驚いて飛び上がり、その場にうずくまるようにして土下座する。そして、手に握りしめた草を頭上に掲げながら、森中に響くほどの大声で叫んだ。「ごめんなさい! 勝手に森へ入るのを禁じられているのは知ってます! けれど、どうしても母さんに薬草を……。せめておとがめは母さんにこれを飲ませてからに……」しばし沈黙が流れる。どうも様子がおかしい。おそるおそる少年は顔を上げる。次の瞬間、思わず彼は飛びすさっていた。見たこともない男……おそらくは先ほどの声の主が、ひざまずいて彼の顔を覗き込んでいたからである。「な……何ですかっ!? あなたは、一体!」大木の根元に腰を落としながら、少年は男に向かい叫ぶ。そして、その男の様子を注意深く観察した。毛羽立ったフード付きマントと生成(きな)り
彼は迷っていた。 今夜はこのままこの付近で進むのをやめ、野宿をするか。 もしくは無理をしてでも夜通し歩いて次の町へと向かったほうが良いか。 折しも季節は初冬。 先程から降り始めた細かい雨が氷混じりになるのは、もはや時間の問題と言っても良いだろう。 日はまだようやく傾いた頃。 今から急いで歩けば、彼の足ならば日没までに次の町もしくは村といった宿がある場所にたどり着けるだろう。 ただし、それはこのまま天候が荒れなければという仮定の話であって、これ以上に風雨が強くなった場合はその限りではない。 神官の中には、風や雲の動きから天候の変化を読み解くことができる者がいるのだが、あいにく彼にはそのような能力は備わっていなかった。 いや正確に言えば、彼はその手の経典を読むには読んだのだが、ほとんど興味を示さなかったので身につかなかったのと、能力的に適正を持ち合わせていなかったのである。 一つため息をついてから、彼は周囲を見回した。 大陸を縦に貫く聖地への巡礼街道とはいえ、これから冬本番を迎える一番厳しい季節である。 長らく続く戦乱も手伝ってか、俗世と聖地とをつなぐこの道に、彼以外の人影はまったく見当たらない。 誰かに話を聞こうにも、当の人間が見つからなくてはどうしようもない。 疲れた頭で物事を考えても、良い考えが浮かぶはずがない。 そう思い直してから、彼はとりあえず身体を休める場所を探した。 ※ 二つの大国による終わりの見えない争いは、人々の心さえも荒んだ物にしてしまったらしい。 ようやくみつけた街道の脇に設けられた休息所はどうやらもう長いこと使われていないらしかった。 建物自体ひどく荒れ果てており、床や屋根は所々剥がれ落ちている。 壁にはところどころ穴が開き、窓のガラスも割れていて、風雨が中に吹き込んでくるような状態だった。 しかし、背に腹は変えられない。 彼は廃墟と化した休息所に足を踏み入れ、肩にかけていた大きく重い鞄を下ろす。 目深に
遠目に見て、楽しげに談笑している男女の姿に、彼女は両の手を固く握りしめた。そしてじっとその様子を凝視する。「何を見ておられるのですか、陛下?」薄暗い室内に響く陰鬱な声に、ルウツ皇帝メアリ・ルウツはゆっくりと振り向いた。妹姫ミレダと容姿はよく似ているのだが、緩く波打った長い赤茶色の髪は美しく結い上げられ、整った顔に輝く青緑の瞳は怒りを孕んでぎらぎらと異様な光をおびている。思いもかけないその様相に、来訪者である宰相マリス侯は言葉を失った。窓際にたたずんでいたメアリは、いささか乱暴に窓にかかったぶ厚いカーテンをひくと、険のある声で開口一番こう言った。「まだあの者はみつからないの?」その言葉の端々からにじみ出ている憤りと怒りを感じ、マリス侯は恐縮したように頭を垂れる。その半白の頭の上を、怒気を含んだメアリの声が通過していく。「正当な大陸の統治者。大帝ロジュア・ルウツの紛うことなき子孫。そんなのは所詮、意味を成さない肩書きにすぎないのね。良くわかったわ」言いながらメアリはビロード貼りの豪奢な椅子に腰をおろし、卓の上に肘を付き両の手を組む。そして形のよいあごをその上に乗せた。そして、宝石のような瞳で上目遣いに宰相を見つめる。「加えてルウツ皇帝の証である、代々受け継がれてきた印璽(いんじ)すらその手にできない。表向き皇国の実権を握っているというそなたにも、なんの手立てすらない。これは一体、どういうことかしら?」辛辣な言葉に、マリス侯はさらに深く頭を下げる。そして慎重に言葉を選びながら告げた。「申し開きの次第もございません。我々も配下を各地に配し、陛下のご所望のものをできる限り早急に発見できるよう尽力しております。なれど、陛下……」ふと言葉を切り、マリス侯はわずかに頭を上げる。美しい皇帝は、予想外のその行動にわずかに首をかしげる。そして先を続けるよう促した。「恐れながら陛下は不可侵の御身。今世界は千
ミレダが咄嗟に口に出したペドロという人物は、おそらくあの人のお目付役的な存在なのだろう。ミレダの命を受け、前触れもなく旅立ってしまったあの人との間を取り持っているのいるに違いない。恐らくこれから語られることは、いち下級貴族のユノーは本来聞くのをはばかられることなのかもしれない。それくらいのことは、いかに鈍いと自覚しているユノーにも察することができた。それを口にすることもできず、不安げにユノーはミレダを見つめる。彼の視線に気づいたミレダは、ふっと微笑んだ。そして、今さら気にすることもないだろう、と真面目くさって言う。それならば、と剣を収め姿勢を正すユノーに、ミレダは改めて状況を説明する。「この手紙はゲッセン伯領に入る直前にペドロが奴から受け取ったらしいんだが、その直後に見失ったそうだ。以来手を尽くしても、まだ奴が見つかったとの連絡がない」ミレダの言葉を受けて、ユノーは頭の中で大陸の地図を思い描く。ゲッセン伯はルウツ開びゃく以来の重臣で、白の隊を率いる武門の家柄だ。伯爵家とはいえその勢力は群を抜いており、皇都近辺の他にも各地に支配領を持っている。そんな中でも、確か……。「巡礼街道沿いですと、旧街道と新街道が分かれる辺りですね、確か」何気ないユノーの言葉に、ミレダの美しい顔はすっと青ざめ、表情はみるみる強張っていく。「まさか旧街道を行ったんじゃないだろうな? あちらは国境に接している分、エドナの目が近い……」けれど、自らに苦行を課そうとしている今の奴ならやりかねない。もどかしさを感じているのだろうか、ミレダはきっと唇を噛む。果たしてあの人が戦場に身を置いている間も、この人はこうして遠く離れた空の下でじっと待ち続けていたのだろう。断ち切れない両者の絆を感じ、そしてミレダの心痛を察し、ユノーは目を伏せわずかにうつむく。表には出さずとも打ちひしがれているであろ